温泉こねこ

温泉こねこ=こねこ性×温泉性
人生はクリエイティブに♡

2018年11月25日日曜日

湧き水の縁2


ハロー

行ってきたよ。

久々の湧き水採取。


大きなファミリーカーに

乗り込んで

クネクネした道をゆく。


遠足みたいで楽しい。


地元じゃ人気のところだけど、

不思議と人もいなくて

行く先々で

一緒に記念撮影した。



私、すごく気が楽になってた。


〇〇さんの奥さんでもないし、

お店の人でも、

絵を描く人でもなくて、


そんなことより一緒の時間が

無為で

良かった。




一人で、来てたときも

家族と、来てたときも

楽しかった。

けど、また違って見えたよ。



友だちって良いもんだね。

距離感が心地良かったし、

いつもの自分の立場を離れることができて、

ありがたかった。


心が静か。

湧き水の縁

ハローハロー

お元気ですか?


私は元気です。


これから湧き水を友だちと採りに行きます。


私に友だちがいるのに驚く。(笑)


湧き水は、

地方、

いわゆる田舎に引っ越した直後から2年くらい

ハマってました。

その時は一人で、

中古の原付にタンク積んでね。

走ったよ。

たくさん、あちこち採水したよ。


すっごいなぁ、て。


山から水が湧くって驚いて感動してた。


2年くらいでやめちゃったけど、

水が湧くって神秘に

まだ惹かれる自分がいます。



家族が働いてると

自分が友だちと遊ぶなんて

不謹慎、

イケナイことだって思ってしまう。


まだ、そういうふうに思って、

オートでお誘いを断ってしまう。


けど、私には


家族と仕事以外の人とすごす時間が必要だ!って思い直して、

15分後に

やっぱ行きたい!まだ参加、大丈夫??と電話しました。


これでも、すんごい大冒険なんだよ。

いってきます。

2018年11月24日土曜日

手段は問わない

ハロー

調子はどうですか?

私は元気です。


月餅をお土産でいただいたので食べてるところです。

栗入り。

おいしい。

大好き月餅。


見た目が、まず好き♡

今日、
お昼休憩を遅めにとる仲間がいたので、
私の残り2個の月餅の内、
1個あげた。

すぐ食べるのかな?(わくわく)
と、思ったのに、
置いて帰って行かれた。


はぁ。


いいことした気でいたけど、

こういうの見ると、、、

ちょっと惜しかったかなとか思っちゃう

小さな人間です、私。(笑)



それくらい好き、月餅。



ええと、今日は手段は問わないって話。



机を拭いといて下さい、

とか

植木に水をやって下さい、

とか言うけどね

それって目的じゃない。

手段だなぁ〜って。


お客さんと働く自分たちに

気持ち良い空間を作る手段。


目的が共有できたら、手段は問わない。


まぁ、早い話が、

どうしたら良いと思う?ってこと。

自分で考えてねってこと。


別に甘ったれるな、とか
そういうことじゃ全然なくて、

その方が、お互い、良いと思うからね。


仲間なんだもの、

言われたことやるんじゃ、つまんないでしょ。


今日はフレディの日。

あれから映画を2回見たよ。

血が沸き立つね。


欲をもっと

もっともっと欲を湧き上がらせるのだ。










2018年11月22日木曜日

モーニングコール

おはよー

調子はどうですか?


こちらは元気です。


ここ数日、

朝になると

小鳥が窓を叩きに来ます。



不思議だなーって。


目覚まし無しで起きれるから気分良いよ。


でも、なんで毎朝、窓を叩くんだろう??



家族がお土産くれた。


とても楽しかったみたい。


私も嬉しい。


それで、やっと気付いた。



お金も時間も

無駄にしか使えないんだなぁって。



どんだけ苦労して稼ごうが、

どんだけ元を取るつもりでお金を払っても、

使う先は無駄なことでしかないんだね。


あ〜





そうか。





時間もお金も有意義な使い方なんて無い。


どうやったって、

どうせ無駄な使いみちしかできないんだから、



もっと力抜こう!

ってこと、かもしれない。



家族が喜んでる顔を見て、


有意義なお金と時間の使い方なんて

本当どうでもいいやって思いました。


嬉しそうな顔が見れたら、

それでチャラだわ。(笑)








2018年11月21日水曜日

ちゃんと見ろ!


ハローハロー


お元気ですか?


こちらは元気です。

一人でお店にいます。
仲間と一緒もいいけど、一人もいいもんだね。



今、穏やかな気持ちです。


あなたは、今、どんな気分ですか?





私は自分のことをアーティストだと思ってる。

絵を描いたり、お店の看板作ったり、メニュー作ったり、Tシャツ作ったり、

とにかく自分で作るのが好き。

自分の匂いを世界に付けてるようなマーキングのような気持ちと、

自分の手から絵や作品が生み出される不思議さに毎度毎度、魅了されているのです。

マジックを見てるみたい。(笑

けど、

私は、多くの人が当たり前にできることがなぜかできなかったりするので、

ごめんね、アーティストだからって心のどっかで先に謝っとくのです。

そうやって自分を許す手段のためのセコい肩書きでもあるのです。


本当は肩書きとか、いらんにゃ〜。



アーティストのイメージが正直あんまり好きじゃない。

なんか悲劇そう。




日曜美術館の影響かな。



孤独で、不幸で、貧乏で、病弱、

でも、

芸術に捧げ抜きましたと、讃えられる映像を

子ども時代に何度も何度もみてきたからね。



ついつい、そういうもんだ、

そうやってプライベートを捧げて、

讃えられる人生じゃなきゃいけないって思っちゃう。

学生時代に先生に、
「そんなんじゃ美術手帖載らない人生だぞ」って叱っていただいたこともあった。
※美大生にとっての明星的な雑誌



はぁ。







なんか白けちゃうなぁ。

そもそも、

自分自身の命が本当にそういう人生を欲しているのか?って問えば、

ノーなのよ。



私はもっともっと浅くて俗っぽい。


そしてなかなかのヘナチョコだ。


叱って、

教育して、

躾けてどうにかなるなら、とっくにどうにかなってる。


もう30代も後半です。




そんな風に

情けなくて、

弱くて、

ダサくて、

地味で、

情に脆いんじゃダメだ!

そんな奴は本当の私じゃない!

認めないぞ!

もっとしっかりしろ!うまくやれ!


成功するまで家に入れないぞって、

自分が、

もう一人の自分に威張ってる。

良い歳して。






それで本当に成功すんのか?

そもそも、どうなったら成功なの?

どうなったら、私は嬉しいの?




成功の形は人それぞれだけど、

もし、成功しないとしたら、

それは、あなたの実力や才能、運の不足じゃないかもしれない。



もしかしたら、
人を見る目が足りてないだけかもしれない。



自分を誰かに評価してもらえるように、

知らんとこで勝手に嫌われないように、



鍛えたり、


整えたり、


維持するのも大事だけど、



今の自分の周りにいる人、ちゃんと見てる?


家族、

友達、

仕事仲間、

恋人、

紹介してもらった人、

最近、出会った人、、、



その人が今どういう気分なのか、

今日の体調はどうなのか、

何が好きか、どういうことで怒るのか



知ってる?知ろうとしてる?


素の状態のその人って、どんな人なんだろ〜って。


わからない。


そりゃ、わからないよ。


わかんないけど、知ろうとしろ!って。


そういう過程が
自分にとって何が成功のビジョンなのか?、の、ヒントをくれる気がします。


















2018年11月20日火曜日

たくさんみた

お元気ですか?

私は元気です。

今日は休日なので朝から映画みました。



↑上のフライヤーは、Queenの映画。





みなさん驚くほどそっくり!
とくにブライアン・メイ、、、。





お金で幸せは買えないけれど、

与えることはできる。


って、セリフにドキっとしました。


あと、歌詞の意味。

背筋がゾクっとする。



お次はこれ。

どら焼き屋さんの話。



「こちらに落ち度は無くても、

周囲の無理解で潰されそうになるときがある。

そういうときはこちらも知恵を働かせなければならない」という主旨のセリフ。


ツバをゴクリと飲む自分がいました。


今日の最後はこれ。

全然知らないアニメなのに、

あらすじにニャンコ先生って書いてあったからみた。

楽しそーだな・・・って。




もーね、、、

全然知らんアニメ映画なのに、、、涙💧💧💧






映画って、良いね。

みて良かったです。





しみじみ。







映画館を出たあと、

プールに行って平泳ぎしたの。



映画『かもめ食堂』のサチエさんが

プールで、泳ぎながら

ひとりごとで



かもめ食堂が満席になりました。



って言うシーンがある。



思わず自分と重ねる。

ここ数カ月で自分の立場が急に変わったり、

立場上、やるべきことがいくつもできて

いつも頭のどこかで

やるべきこと>やれてること

状態で焦りや不安、

そう、不安が膨らんで


あーやらなきゃ

あーできてない

あーやらなきゃ

の繰り返しで、

ジワジワ自分の可動域を圧迫してきて

なんとなく

なんとなく窮屈で

なんとなくずっとさみしかったように思いますす。



でも数カ月ぶりに映画をたくさんみれて、

ひととき、自分の立場を離れて、

映画の中の人の人生を生きることができた。



もし、

今の立場が現実で、

映画が偽物、現実逃避だとしても

境目なんて無い。




本当、

あらゆる喜びも悲しみも惨めさも焦りも

ただ、そういう立場にいるからって言うのが

かなりある。



自分を離れよう。

たまに。










2018年11月19日月曜日

誰もわからない


振り返って、

分岐がある。


あのとき、そうした自分とそうしなかった自分。





今、

そうしてしまった自分とそうできなかった自分を比べて、

そうしなかった方が良かったなんて誰が証明できるんだろうね。