温泉こねこ

温泉こねこ=こねこ性×温泉性
人生はクリエイティブに♡

2019年10月31日木曜日

時が止まる


10月も今日で終わり。

なんとか恒例のカレンダーも納品できたし、元気に11月を迎えられそう。






近所の神社にお参りした。

帰りがけに屋根瓦の落ち葉がふわ〜って風に舞ってた。

それが、スローモーションで、

一コマひとこま時が止まるかのようで、

まるで映画みたいだった。







2019年10月30日水曜日

安心して怯えてたらいいよ


明るい曇り空。

寒いけど晴れているだけで、どこか気持ちが軽い。





色々、もう、いいじゃないかと思うのです。




もっと良くしようなんてしなくていいのかもしれない。

もっと早く要領よくとか、

もっとへこへこせずに人と話せんかねとか

もっと早寝早起きしないととか

もっとちゃんと毎日働いて、ちゃんとした人と思われるようにとか、、、



もう、思わんで良いのかもしれんね。








この間、目がすごく痛むことがあってね。

目が開けれないの。

蛍光灯の灯が刺すように眩しくて、ズキーンと頭が痛くなる。

ご飯も食べたくない。

むしろ吐いた。

いやーまいった、まいった。





人間、体の具合が悪くなると、不安になるんだね。

気を紛らわそうと、何か娯楽をしようと思うけど、

漫画もスマホも本も視覚の娯楽でいよいよやることがない。






それでも目も頭も痛くて痛くて、黙っていると、

どんどこ不安になるもんだから

立川志の輔の新作落語聞いたりしてなんとか凌いでた。








それで、ふと、

ああ〜もういいな、って。

もう、十分じゃないかって。






もういいじゃないかと、

わたし、よくがんばってるじゃないかと気づいたの。





わたし、意識低い系のいわゆる使えない奴なんよ。

それでも、これがわたしのMAX120%の実力なんよ。

いつか人並みになれるんじゃないかって、

毎日毎日何十年もがんばってきたけど、これなんよ。

いつか本気出すとか無いの。

これが精一杯の姿なんです。




ほんと。

許して。

何も足せないし、何も引けないの。

わたし麦焼酎なのかな。








許すわ。

もう、許す。

誰も許さなくても、わたしが許す。






今は、すっかり元気になったよ。

また、目が痛んだらどおしよって内心怯えてるけど、

安心して、怯えてたらいいよって思う。




2019年10月24日木曜日

ピンクのバラ


撮影用のピンクのバラが、

撮影終わって、食卓に来た。

高島屋の包み紙のような見事なピンクのバラだよ。






バラっていいな、

ピンクっていいな。




かわいいなってうれしいな。





花って健気よね〜、ってお花の先生が言ってたのを思い出す。















もし、、、

離れて暮らす家族や、

大切な人を思うと、

つい心配で心配で、

不安で苦しくなってしまうときは、








心配する気持ちをね、

乾燥コーン粒をポップコーンに変えるように、

愛に変換して、

その愛を伝えるの。





愛って、私がそばにいなくてもいじけんなよ!

・・・・・・って気持ち。




2019年10月22日火曜日

ナメられても怒れない


人にヘコヘコしちゃう。

自分でも嫌だなぁって思う。

でも、人には気後れ、気兼ねというか遠慮してしまってね。




せっかく私なんかに声かけてくれたんだから、とか

私なんかに時間かけてくれて申し訳ない、とか

私なんかちゃんとしてないし

私なんか無理に決まってる




このエンドレス・ループ


私、ほんと何やってんだろう


ナメられても怒れないし




おかしいなぁ

私、何やってんだろうって思うけど

条件反射で逆らえない



どーでも良い

人の助言はいい塩梅に取り入れられたらいいよなぁ。

でも、その塩梅の良し悪しなんて、結果論。

後にならんとわからんのよね。




上手く行ったら、やったねだし、

なんか思ったよりなんだかなだったら、

あーもーだから心配したのにー大丈夫っていうからーって

人のせいにしちゃう。



人のせいにしてやるぞっ!





そー思っても、

今そー思っても、本当んとこなんてわからんのよね。

結果て言うても、今自分が理解できる範囲のことでしかないからね。

何が良いのか、

それで良いのか、

それが良いのか、

どーでも良いのか。





2019年10月21日月曜日

おばちゃんのスピリチュアル

旦那から、

デザインでお弁当の写真が欲しいから

お弁当を作っておくれと頼まれる。


ご飯を炊いて、

いつもより品数多くおかずを作ったよ。

煮崩れたカボチャを食べたら

結構お腹ふくれました。





さて、

他人の気持ちって、わからない。

わからないけど、なんとなくわかる。

なんとなくわかった気がする。
(本当んところは知らないけどね。)


これ、よくある感覚なんだろう。




だから友達も作れるし、恋愛だってできる。





ある日、旦那が焼きそばを食べながら、

小学校のころの話をしてくれた。



ランドセルの横につける巾着の話。

ハンカチや鼻紙、箸を入れたりする小さな巾着。

あの巾着がお母さんやおばあちゃんの手作りの子が結構いて、

その様子を見る度に、

全然知らない子でも、

その親の愛情を想像しては

涙ぐんでいたという。





日本画家の東山魁夷が描くことは祈ることと言ったそうな。

確かに、ものを作ることは


原始的な呪術的な神秘的な気分と結びつきやすい。
祈りという精神性と親和性が高いと思う。

私の大学の先生方の中でも

作品講評が一番ピリ辛だった先生が、

ある作家の作品を

「祈るようにして塗っている」と

おっしゃっていたのを思い出します。

(私はその先生の作品が一番好きでした。)


祈り、

祈る、

祈るとき、

祈れば、、、


でも、創作活動だけ声高に精神性を讃えるのは不自然で、

ぱっと見、世の中の仕事全てが祈りに見えてくる。




大きな仕事も、小さな仕事も

お金もらえる仕事も、お金払ってする仕事も

褒められる仕事も、失敗したように見える仕事も



道路標識も、靴も、お茶も、掃除も、歌も、天気予報も、


料理も、アイロンがけ、も、祈り。





確かに、絵を描くことは祈り。

でも、他者にああなってほしいこうなってほしい、

もっとこうならいいのに、


こうあるべきなのにって願ってる内は

形にならない。



それがどんなに私から見て、


相手にとっての幸せの形に見えても、

押し付けたらいかんのよ。




重いのよ、それ。



とにかく頭空っぽにして作品を仕上げる。


以上。

2019年10月20日日曜日

気持ちを汲むって良いこと?

気持ちを汲む、ということに少し違和感があります。



こんにちわ。

こちら、穏やかな曇り空の下、午後です。

牛乳もヨーグルトも無しで試作のグラノーラをもそもそ頬張りました。




気持ちを汲むって何でしょう、ね。

気持ちを汲む、、、

気持ちを汲む、、、ね。





気持ちを汲むから◎とか、

気持ちを汲まないから駄目ってことはないのね。



汲んでも汲まなくても、あなたの価値は変わらない。





人間、

自分が良い行いをしていると疑わないときって、

どっか醜い。



いや、醜くても良いのかもね。




ただ、世の中呪うほど真面目に善行を積むくらいなら、

ときどきズルしても良いから、

元気でいてほしい。





元気でいてほしい。



これもわたしの好みの押し付けだけどね。









2019年10月19日土曜日

見えないものが見えるということ

バス停のベンチってお尻冷えそうだけど、レトロで可愛いよね。



だって結局、

1から30までの数字を

何度も何度も

頭の中で数えるだけなんだもん。





なぁ〜。





あ〜んなに夢中だったのに、

夢中だったのに、、、




なぁ〜




飽きちゃったよ〜ぅ。




残念。






筋トレ。


と、言うわけで

退会までの消化期間に入ったジムに

久々に行った

さほど寒くない雨の夜です。






今日は、

「見える」とは、どういうことなの?って

考えてみる。







試しに、椅子に座ってみる。


そこから何が見えますか?




時計







スマホにタッチする自分の指


パジャマ着た自分の太もも

カレンダー

机の上に醤油、

ソース、

ヤカン






で、、、


ここで気づくのは、

自分のカカトって見えないんだなってこと。


つまり、

人間、見えているもの以外、

見えてない。ってこと。



自分のカカトなのに見れない。

「存在する」のに見えない。



だから、カカト見ようと思ったら、

座り方を変えたり

片足を膝の上に預ける必要がある。





ふむ、これってすごい。

すごいよね。






そういえば、


自分の頭髪の地肌も見れないよね。


美容師さんとか家族に

ネェネェどうなってる?って聞くことはできるけど、

自分で直に見れない。




直に見える/見えない


これが今回のテーマ。

(鏡を使うとか、写真撮るってのは今回は無しよ。)



直に見るって実に主観的な体験だ。


お風呂に入って

髪を洗う。


やっぱり自分の頭髪の地肌って、

直に見れない。

おまけにシャンプーが目にしみないように

目閉じちゃう。



だけど、洗髪してると、

まるで直に見てるかのようにわかるよね。

地肌の様子。

地肌から髪の生える様子、

地肌のキメ、柔らかさ、油分、

見てるようにわかる。


これだな、、、

これこれ。

これですよ。




目に見えないものが見えるってこと。




見えないものが見えるって、

スゲ〜!って思うじゃん。

星の王子様も目に見えないものが大事だって言うじゃん。




それ、こういうことですよ、多分。



見る=どこに意識を置くか。


意識はひとつ。


だから、置いてある以外の場所は見れないのだ。








人間は、見てるもの以外は見えてないんですよ。


意識してないものは、存在しても見えてない。
(町並の一部が駐車場に代わっても、
以前そこに何が建っていたのかわからないのと同じ)


リアルなドラえもんみっけ。