温泉こねこ

温泉こねこ=こねこ性×温泉性
人生はクリエイティブに♡

2020年8月14日金曜日

時間のこと


30℃越えのモワッとする空気の中に秋の気配がする、8月。

お元気ですか?

こちらは日中、まるでお湯の中を歩いているかのようです。






昨日の夜はペルセウス流星群が観れると夫が言うので、

蚊に刺されるのに甘んじながらも、

しばらく庭に出てしばらく北の空を眺めることにしました。



暗さに目が慣れてくると、次第に星が見えてくる。

降ってくるような星空ってほどではないけれど、

ところどころ呼吸してるかのように瞬いている。





小学生の頃から20代の頃までは星空に憧れがとてもあった。

宇宙の本が好だったし、

プラネタリウムも好きだったし、

山奥のキャンプ場に満天の星空求めて泊まりに行ったこともある。





だけど、今はどうしてか少し怖い。





世の中、お盆ですね。

スーパーの入り口には、

盆花と箱入りの果物、蓮の花に型抜きされた砂糖菓子が所狭しと並んでいる。




ヤァ〜

いのちとはなんぞや?の問いにはいろんな答えができそうですが、

ひとつ言えるのは、『時間』のことです。




あなたはこれまでの人生で、

期待通りに行かないことがあったとき、

自分が損してるような、かわいそうな人間に思えてくることは無かったですか。





されど、お察しの通り

やれ報われない、これほどまでに不憫だと嘆き浸りきっていては、

うまくいくこともうまくいかなくなりますね。




今年は梅雨がとても長く、我が家はタンスやら本棚や服やら、、、

気づいたら家の中のものがたくさんカビてしまいました。

中には真心込めて描いた絵も額縁の裏板にびっしりとカビが生えており、

この時はさすがに目眩がするほど落ち込みました。

なんで、こんなになるまで気づいてあげれなかったんだろう、と。








その様子を見て、あ〜自己憐憫ってカビに似てるなぁって。

カビ菌って目に見えないけれど、

空気中どこでも漂っていて温度と湿度が揃えばあっという間に繁殖する。



自己憐憫も、元気なときは気にもしないのに、

イマイチな気分の時には自分を嘆く要素なんていくらだって見つかる。

過去も未来も全部ずっとイマイチだったと、

どんどん妄想が広がって深刻に思えてしまいますね。






なかなか自分の認知にカビが生えてるとは気付きにくいけれど、

なるべく早く気づいて助けてあげたいものです。

思い出も楽しみもあなたの『時間』。








2020年7月30日木曜日

7月が終わりそう


珍しく久々に晴れた日でした。


夏の虫のサワサワサワ〜って音がきこえてきます。

もう一つ奥のレイヤーからカナカナカナって音も聞こえる。

7月も、もうすぐ終わるよ。

1日が早い。




2020年7月28日火曜日

汗だく


片付けをしていたら、汗だくになった。

今年の夏は、いつもよりムシムシする!

変かな?

ちょっと待ってと、

もうちょっと落ち着いて考えてみるよってしてみても、

単に「これ変に見えないか?」

「どうしたら変に見えないか?」ばっか考えてるときがある。


ほ、本当の本当はどうしたかったの〜っ??。

2020年7月17日金曜日

公用語

じとじとする。

梅雨だからしかたないけれど今年は特に晴れない。



小雨降る夕方、久々にバーベキューしたんだけど、

右足首が尋常じゃないくらい蚊に刺された。



なんかもう、刺されすぎて、

逆にどこまで刺されるんだろうって気にすらなったけれど、

室内に戻って蛍光灯の下でまじまじと見たら、

自分がしみじみかわいそうだなぁと思えてきた。



もう数日たつけれど、ぶり返してかゆい。



そのうち忘れちゃうくらいに治るってわかってはいるが、

今見ても、まじで尋常じゃないくらい刺されている。




それにしても、

この「尋常じゃないくらい刺されてる」という表現、

なんか変だよね。


アラフォーの私は、「尋常じゃないくらい刺された」と言うけれど、


アラセブンティの70代、アラエイティの方々は同じ台詞を言うだろうか?

もし、おじいさんやおばあさんがたくさん蚊に刺されて

「まじ尋常じゃないくらい刺された!」と言ってたら、、、見てみたい。

私よりずっと若い小学生は、こんな台詞言わんだろうけれど、ぜひ機会があれば台本作って言ってるところみてみたい。




頭の中での独り言の口調って

自分の体臭みたいに自分にとって当たり前すぎるから

疑問に思わんけど、

改めて台詞を文字起こしすると時代というかお里が知れますな。



敬語にしても、尊敬してるとか相手をへりくだって立てるとか繊細で手続きが煩雑で独特の世界観だけど、

ふつーに日本語の一部ということになっている。

でも、自分と異なる所属の人たちや世代の方との公用語と捉えるとしっくりくるんじゃないかな。







2020年5月23日土曜日

質問の背景


見事な五月の青空です。

大好家。




晴れていると山の緑は自ら発光しているかのように見える。





昨日、実家から時々届く恒例の日用品の小包が来た。

ヤマト60サイズくらいの小ぶりなダンボールの中には、

細々とした日用品と小岩井チーズがたくさん入っていた。




早速、母親に電話すると、

チーズが好きだったなぁと思ってね、と言われた。



好きだったなぁ、、、

好きだったなぁ、、、か〜。

電話切った後、妙にさみしい気分になった。



言いたいことって、全然言えないものね。





ラジオで、子どもが知識ある大人に科学の不思議相談をしていた。

子どもは、「飛行機はなぜ燃料をたくさん積んでいるだけで、

長い距離を往復できるのですか?」と質問した。
(たくさん積んでいるだけの『だけ』ってなんなん??って言うのは置いておく)




大人の答えは、飛行機は基本片道分の燃料しか積んでいないと言う。

だから、目的地についたら帰りの分の燃料を補給していると言う。




ここで、明らかになったのは、

子どもの問い「たくさん燃料を積んでいる」と言う前提の間違い。




でも、大事なのは、なぜそう言う質問をしたか。

なぜ疑問に思ったのか、その背景なんだろうね。

どう思う?