温泉こねこ

温泉こねこ=こねこ性×温泉性
人生はクリエイティブに♡

2019年1月30日水曜日

使えない自分を許す旅その4


ハロー!

こちらは夜です。
これから晩御飯を作るよ。

部屋の気温はストーブつけて12.5℃。



落語の枕にこう言う話がある。

男が飲み屋に入る。
カウンターにつくと、80歳の女将がお酌しながら、こう言う。
あんたは20歳の娘4人に接待されて幸せもんだね、と。




なるほどね。

私は今、30代の中頃。
たまさん(私のこと)は、5歳が7人だね、と旦那に言われた。

お、生意気な、
じゃあ、たまさん(旦那のこと)はどうなのさ〜??と聞くと、
俺は11歳と25歳だねとフフンって顔で言う。

ん〜
そうかもしれん。


人間の歳を重ね方は、コインを重ねるようにするのがよろしいね。
コインを重ねて重ねて重ねると高くなる。
高くなると崩れやすいから、良い塩梅のところで区切りをつけ、
すぐ横に新しいコインを置き、その上に重ねていくことにする。
そうやってもう一つ束ができる。
例えば、5枚の束の横に10枚の束を置き、その横にまた10枚の束を作る。
そうやって横に広がる歳のとりかたもある。


昨日、ひょうたんと音楽のワークショップを見学した。
20歳が3人の先生がお2人、合計6人の20歳。
久しぶりにお会いしたけど、肩の力が抜けてて一緒に居るだけで気が楽になる。
ひょうたんと私というテーマの自己紹介。
ひょうたん好きな人に悪い人はいない。
(悪い人ってなんなんだろうね)

私はアーティストなんだけど、今は作品らしい作品は作ってない。
イラストレーションの仕事をときどきする。
カフェの店番してることの方が多い。
それでも、私はよく猫の絵を描いている。
なんだかんだで隙あらば猫を描いている。

我ながら気持ち悪い奴だ。

でも、表現って、そもそも気持ち悪いもんだ。

その気持ち悪さこそがおもしろさ、素晴らしさとも言える。


さゆブーム


ハローハロー

今日は晴れていて暖かい日だよ。
部屋は13℃もある。
日光が入るから明るい。


そちらは、どうですか。

この間、久しぶりに近所にお好み焼きを食べに行ったよ。

ドラミちゃんのコップでお水を出してくれた。

こーゆーのが嬉しい。
一気に小学生の頃の実家、土曜日のお昼みたいな気分になれる。


さて、
最近、このあたりの友達の間でさゆが流行ってる。

さゆ、、、、、。
昨年末ごろかな、おでんをみんなで食べてたら、
隣の30代の男の子にさゆいいですよ。と、教えてもらった。
さゆ、かい?いつ飲むの?って聞くと、
朝が良い、とおっしゃる。
鉄瓶も買ったとおっしゃる。
電磁調理器が特に良いらしいとおっしゃる。

ヘェ〜。

そしたら、
他の30代の男の子もさゆにハマってるって言う。

意外だった。
二人ともよくお酒をよく飲む人たちだから。
なんでそんな手応えのない物の極みみたいなもん飲むんだろ。



よし、
試しに、さゆを飲んでみよう。



ヤカンに水を入れて火にかける。
しばしまつ。
ファッファッと湯気が上がったのを見て火を止める。

さぁ、いざ、お湯(さゆ)を飲もう。


・・・


うーん、、、


なんだろ、、、これ


なんと、さゆを飲むのに抵抗がある自分がいる。


思えばこの歳までずっと、
家でもカフェでも自動販売機でも外食でも、飲み物には味と香りが付いてる。

カフェラテ、コーヒー、コンスープ、味噌汁、葛湯、お茶、紅茶、ハーブティー・・・



今更、無味無臭の液体なんて全然何気なく飲めない。


ンンン〜
意識してエイっ!と飲む。


熱い。

熱いからなかなか減らない。

特にうまいともまずいとも思わない。

う〜熱い。

なかなか減らないなぁ、、、と、時計をみる。




なるほどね。




スマホ見ながらパン食べて、メールしながら、さゆ、、、ってならない。

ふむ、そう言うのが良いのかも。
(慣れたら、ながら飲みできるのかも)

あと、
さゆって特別おいしくはない。
(とても上質な湧き水なら別だろうね。)

地味。

それに比べて、味と香りの付いてる飲み物は、おいしい。

さゆばかり飲んでると、味のある飲み物がおいしくて感動する。
だけど、おいしいって刺激。

味と香りがあることで疲れるときもあるからね。

2019年1月25日金曜日

つかえない自分を許す旅その3



はろう

『老いと演劇』について
昨日、あとで書くよと書いたので書いてみます。


先日、『老いと演劇』についてのワークショップを受けてきました。




まず、
私がこれをおもしろいなと感じた理由は、
老い」の部分を「自分自身のままならなさ」に置き換えて捉えているからです。

正しいことが、
みんなに迷惑かけないことが、なぜかできない。

その歯がゆさ、悲しさは、私も程度の差こそあれ、わかります。


あとは、
私は福祉関係の仕事はしていないから単純に楽しい!とか興味深い!とか言えるのです。
きっと。
実際の現場のご苦労のこと、よく知らないから。



そう言う前置きをしておき、、、
とてもとても気づきと学びの多いワークショップでした。



「老人」とか「老い」と言うキーワードが出てくるから
ご高齢の方と自分との関係性についてだけ考えるの、、、??
全然違う。
私は、人間関係全般、ひいては自分自身との関係性について考えさせられました。




ワークショップって体験だから、
私の拙い説明より
どうか機会があったら、
ご自分で実際に受けて感じておくれ。









つかえない自分を許す旅その2


はろー


こちらは曇りだよ。
今年は暖冬とはいえ、
週末はいよいよ雪ですねって言うのが、
このあたりの人の挨拶。



生きづらさ



ここ何年かで生きづらさって言葉をよく聞く。


生きづらさって、、、
私には
要は、
さみしいって訴えてるように聞こえる。



違うのかな?


違うの??



私、〇〇だから生きづらいんです、
とか
私も生きづらさを抱えて、
とか言われると、
ああ、さみしいのか〜
さみしいのは、辛いよねぇ。
辛かったねぇ、って思う。







生きづらさ=私さみしいんですけど





私には、そう聞こえる。






例えば、、、



木からお椀を作る。

すると、お椀と、木屑ができる。

木=お椀+木屑







世の中で人の役に立ち、

人に喜ばれ、

価値があるものとされるのは、いつもお椀。


だけど、同時に、木屑も生まれるんだよってこと。
たくさんたくさんたくさん木屑も生まれるんだよ。
人目に触れないけれど、
すぐにゴミとして、なかったことにされるけれど。




さみしさって、この木屑の涙。


自分の中の
うんちのような、
汗のような、
フケのような、
切った爪のような、
夜中に書いた手紙のような、
恥ずかしくて、臭くて、汚くて、
存在してたらいけないような存在たちの涙

2019年1月24日木曜日

つかえない自分を許す旅その1



ハローハロー

こっちは曇りの寒い日です。
でも、
ここら辺に住む人たちが言う通り今年は暖冬。
雪があんまり降らないの。


さて、この間、
『老いと演劇』をテーマにしたワークショップに参加してきました。

これが、すごいの。


思わず感動して本、買っちゃった。

本も、もちろんおもしろい。


ちょっと、これから出かけるから、またあとで続き書きますね。
バイ〜

2019年1月20日日曜日

正しさを超えて、耳をすます


はろう



こちらは曇り空。
まだ、うす暗いけど、もう朝です。


そっちは、どう?


昨日は、ちょっと久しぶりの人にあって一緒にご飯食べた。

私は、3年くらい前は眠ることしかできなかったよと話した。
寝てばかりいた。
布団、トイレ、布団。
でも、それが精一杯。

そんな自分が恥ずかしかった。

誰にも言えなかったよ、って。





昨夜は、そんなわけで、誰にも言えなかった自分の中の
秘密だったこと(だった!)を話した自分を、
眠る前に思い出し、ベットの中で一人興奮した。


よく鹿が駆け上がって行く坂



最近、景色が変わって見えるのは引き出しの奥からiPodを再発見したから。

音楽を聴きながら、近所を歩く。

寒くてね、体はあったかいけど、
手がひんやりと真っ赤になる。




他人の畑だけど、野菜が生き生きしてるのを見るのは、嬉しい。



畑の持ち主がそこで日々幸せを感じてるんだろうなぁて想像する。





遅ればせながら、、、細野さん。
大好きになってしまった。

同じ曇天でも、同じ夕暮れでも全然違って見える。
閉塞感しか感じなかった景色と自分に、
それもまたよし、と思える。

すごい、音楽のちから。


正しさを超えて、耳をすます。


ろくに学校に通えなかった大学院時代に読んでいた本、
矢川澄子さんがアナイス・ニンの人生について書いた本の一節に
こんなことが書いてあった、、、気がする。


その人の現在の状態を見ると、
その人が10年前に何をwantしていたのか、わかる



度重なる引っ越しで、もう本は手元にないんだけど、
その部分だけは覚えています。


私は、何が欲しかったんだろうな。





もう一度、正しさを超えて耳をすます。


2019年1月17日木曜日

昔の仕事


もしもし

こんにちは〜


元気?

こっちは元気。


昨夜は久しぶりに昔の自分の仕事を見返す機会がありました。
どれもこれも、よく覚えてる。

私は2浪して大学入って、さらに大学院なので、
社会人になるのがとても遅かった。

世間知らずとか、
親が金持ちって言われることが、悔しくてね。
だからお前は半人前なんだ!
お前みたいな甘ちゃんは社会じゃ通用しないぞ!
お手並み拝見だね!って言われてるように聞こえて、
とてもとても悔しかったな、ずっと。

だから、余計に受けた仕事は全身全霊でやってきた。
今、見ると、何もそこまで捧げなくても良いんじゃ無いかって言いたくなるくらい。
昔の仕事を見ると、もう別人の仕事。

ようやってるわと呆れるやら感心するやら。



なんか、もうあんな風には頑張れないなぁ。

若かったのもあるけど、圧倒的に

良い作品、良い仕事人としての幸せ

だったように思う。




もちろん、今も、良い作品、良い仕事したいと思う。

だけど、いいなぁって思う作品もだいぶ変わってきた。
考え方が変わったんだろうね。


仕事って言っても
他人と過ごす時間のカタチの一つにすぎない訳で、
良いものを作って捧げるというよりも、
他人とどんな気分をシェアしたいのかに重点を置くようにしている。


自分をいたわりながら、
まぁ一生懸命やれば良いのかなと思ってる。






もしかしたら、
ダサくて、恥ずかしいことになるかもしれないけれど、仕方ないよね。
生きてると、ダサくて恥ずかしいことばかりだよ。