温泉こねこ

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人生はクリエイティブに♡

2019年10月21日月曜日

おばちゃんのスピリチュアル

旦那から、

デザインでお弁当の写真が欲しいから

お弁当を作っておくれと頼まれる。


ご飯を炊いて、

いつもより品数多くおかずを作ったよ。

煮崩れたカボチャを食べたら

結構お腹ふくれました。





さて、

他人の気持ちって、わからない。

わからないけど、なんとなくわかる。

なんとなくわかった気がする。
(本当んところは知らないけどね。)


これ、よくある感覚なんだろう。




だから友達も作れるし、恋愛だってできる。





ある日、旦那が焼きそばを食べながら、

小学校のころの話をしてくれた。



ランドセルの横につける巾着の話。

ハンカチや鼻紙、箸を入れたりする小さな巾着。

あの巾着がお母さんやおばあちゃんの手作りの子が結構いて、

その様子を見る度に、

全然知らない子でも、

その親の愛情を想像しては

涙ぐんでいたという。





日本画家の東山魁夷が描くことは祈ることと言ったそうな。

確かに、ものを作ることは


原始的な呪術的な神秘的な気分と結びつきやすい。
祈りという精神性と親和性が高いと思う。

私の大学の先生方の中でも

作品講評が一番ピリ辛だった先生が、

ある作家の作品を

「祈るようにして塗っている」と

おっしゃっていたのを思い出します。

(私はその先生の作品が一番好きでした。)


祈り、

祈る、

祈るとき、

祈れば、、、


でも、創作活動だけ声高に精神性を讃えるのは不自然で、

ぱっと見、世の中の仕事全てが祈りに見えてくる。




大きな仕事も、小さな仕事も

お金もらえる仕事も、お金払ってする仕事も

褒められる仕事も、失敗したように見える仕事も



道路標識も、靴も、お茶も、掃除も、歌も、天気予報も、


料理も、アイロンがけ、も、祈り。





確かに、絵を描くことは祈り。

でも、他者にああなってほしいこうなってほしい、

もっとこうならいいのに、


こうあるべきなのにって願ってる内は

形にならない。



それがどんなに私から見て、


相手にとっての幸せの形に見えても、

押し付けたらいかんのよ。




重いのよ、それ。



とにかく頭空っぽにして作品を仕上げる。


以上。

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